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大阪高等裁判所 昭和36年(ネ)1551号 判決

控訴人 山本政次郎

右訴訟代理人弁護士 竹内岩男

被控訴人 西井義一

右訴訟代理人弁護士 狩野一朗

右訴訟復代理人弁護士 大森常太郎

主文

本件控訴はこれを棄却する。

原判決主文第一、二項を左のとおり変更する。

控訴人は被控訴人に対し別紙第一目録記載(2)の地上の別紙第二目録記載の建物を収去し、右(2)の土地を明渡し、且つ昭和三三年四月五日から右明渡済にいたるまで左記の割合による金員を支払え。

昭和三三年四月五日より同年末日まで一坪につき月金四九二円、昭和三四年一月一日より同年末日まで一坪につき月金五八五円

昭和三五年一月一日より同年末日まで一坪につき月金八四七円

昭和三六年一月一日より右明渡済まで一坪につき月金九九〇円

控訴費用は控訴人の負担とする。

事実

≪省略≫

理由

当裁判所は被控訴人の請求は全部正当として認容すべきものと認める。その理由は左に補充訂正するほか原判決理由のとおりであるからここにこれを引用する。

一、原判決理由一枚目表八行目原告の上に「当審証人山本与三郎の証言」を加える。

二、同裏五行目「市役所へ行つて本件宅地の所有者を探したが、探し当てることができず」とあるを「市役所へ行つて本件宅地の所有者が誰であるかを調査したが判明せず」と訂正する。

三、本件土地(原判決別紙第一目録記載の土地)が昭和三四年九月二八日本判決添附第一目録(1)ないし(4)の四筆に分筆せられ、控訴人所有の本件収去を求める建物が右(2)の地上に存し、控訴人に対し明渡を求める土地が右(2)の土地であることは控訴人の明かに争ないところであるから、自白したものとみなされる。

よつて原判決主文第一、二項は本判決主文第三項のとおりこれを変更する。

四、原判決理由一枚目裏一一行目より同三枚目裏一行目迄を削りこれに代え左記を挿入する。

権利者が長期にわたつてその権利を行使せず、今に至つて行使することが信義則に反する場合にその行使は権利の濫用として許されない。これを失効の原則又は権利の自壊作用とよばれる。この失効の要件としては権利不行使のままの時の経過と「特別事情」を要し、「特別事情」の存在を要件としない時効制度や除斥期間の制度と区別される。

失効の原則は信義則という一般的原則を基盤に築かれたものであり、従つて、権利の行使は信義誠実にこれをなすことを要し、その濫用の許されないことはいうまでもないので、例えば解除権を有するものが久しきに亘りこれを行使せず、相手方においてその権利はもはや行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有するに至つたためその後にこれを行使することが信義誠実に反すると認められるような「特段の事由」がある場合にはもはや右解除は許されないものと解するを相当とする。

ところで本件のような所有権より派生する物上請求権は所有権が存在する限り必ずこれに伴つて存在する権利でこのような権利は所有権自体が取得時効にかかり、その反面旧所有者の権利が消滅する結果物上請求権も消滅することあるは格別それ自体消滅時効にかかることのない財産権であると解すべく、このような物上請求権については失効の原則の適用せられる余地もないものと解するを相当とする。かりに失効の原則は広く権利一般について認められるとしても、本件における前記認定の一切の事実関係を考慮するも、いまだ相手方たる被控訴人において控訴人に対し所有権に基いて本件土地明渡を求めることが、控訴人においてもはやその所有権又は物上請求権が行使せられないものと信頼すべき正当の事由を有し、被控訴人の権利行使が信義誠実に反するものと認むべき特段の事由があつたものと認めることは出来ないから控訴人主張の失効の観念を容れる余地はない。

よつて、被控訴人の請求を認容した原判決は相当で、本件控訴は理由がない。そこで、民事訴訟法第三八四条第九五条第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 宅間達彦 裁判官 増田幸次郎 井上三郎)

〈以下省略〉

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